さちこの部屋(140)

「母、Y子」〜その5〜

 ここ数ヶ月で母の認知症がさらに加速して症状が酷くなっている。

 少し前までは鏡に映った自分を見て、「なんでこんなしわくちゃに…。こんなの自分じゃない…。」的なことをブツブツ呟いていたそうだが、最新情報によると「あー…そちらが何ちゃらかんちゃら…。」と鏡に映った自分に向かって話しかけていたらしい。

 もう「鏡」の概念がわからなくなってしまったようで、鏡に映った自分を目の前にいる他者だと思って話しかけてしまうのだ。

 先日私が母と二人でいた時も、私が姉と電話している横で、私が姉に向かって話す内容に対してあーだこーだと一生懸命返事をしていた。

 最初は独り言を言っているのかと思ったが、私の話しの句読点の区切りで返事をしたり話しかけてくるので、これは電話の概念もわからなくなっているんだなと気がついた。

 さらに最近ではしょっちゅう幼児化するらしい。

 姉が母を歯医者に連れて行ったところ、ペーパーの前掛けはむしり取ってしまうし、頑として口を開けないので、歯科助手さんと二人がかりで押さえ込んで何とか診てもらえたとのこと。

 うーん。

 うちの長男も幼い頃歯医者さんが大嫌いで、同じように歯科助手さんと押さえ込んで治療してもらってたなー。

 懐かしい。

 とか浸ってる場合ではなく、80を過ぎたご老体とはいえ、本物の幼児より力があり、押さえ込むのも一苦労。

 姉はもうグッタリだ。

 また、別の病院に姉が付き添って行った際は、待合室で急に「おとうさーん!!」と叫び出してなだめるのも大変だわ、恥ずかしいやらで散々な思いをしたそうな。

 先日、私がデイサービスに母を迎えに行った時は、施設内から外に出たとたん「寒い…。帰る!」ときびすを返して施設に戻ろうとし、私の車に乗ることを断固拒否する母。

 そこから職員の若いお兄さん、お姉さんと私の3人でなだめたり窘めたり、何とか車に乗るように説得。

 「ほら、寒いんだったら早く車に乗ろう?その方があったかいよ。」(やだ、寒いから中(施設)に帰る、の一点張り。)

 「モモちゃん(母の愛猫)待ってるから早くお家に帰ろう。」(もうモモのこともわからなくなっていたので効き目なし。)

 「もうね、今日はここ(施設)お終いなの。お姉さん達もみんなお家に帰っちゃうから閉店ガラガラなの!」(無反応。最初の頃はデイサービスに行くのを嫌がっていたのに、そんなに居心地いいのか…、それはそれで良いことだけど。でもその後あそこはそんなに楽しいのかと尋ねたら、「別に。」と昔の沢尻エリカのように言う母。)

 「娘さんがお迎えに来てくれたんですよ。安心して乗ってください。」(あんた誰よ?みたいな顔をする母。)

 何とかジリジリ助手席のすぐ側までにじり寄らせ、開いたドアに手でつかまらせ、頭をぶつけないようお姉さんが手でガードしてくれ、お兄さんがまずお尻から入れて助手席に座るよう促す。

 普段、あんなに足元がおぼつかないのに、どこにまだそんな力が残っているのか、踏ん張って動こうとしない母。

 こちらが気を抜くとドアにつかまらせた手を離して施設に戻ろうとする。

 ダメだ。

 こりゃ埒が明かん。

 職員のお兄さんお姉さんからしたら、無理やり車に乗せてケガでもされたら…と思うだろうし、私は私で母と二人っきりなら無理やり押し込むだろうが、職員のお兄さんお姉さんの前でそんなことをしたら老人虐待みたいに思われないだろうかと気になるし。 

 母と職員さんと私とで三竦み状態だ。

 でも、いつまでもそうしているわけにもいかず、ちょっとした隙にお兄さんが母を助手席に座らせてくれた(さすがプロ)後は、「痛い〜!」とギャアギャア騒ぐ母をスルーして、「はいはい、痛い痛い。大丈夫大丈夫。」と私が力ずくで母の脚を片方ずつ車内に入れ、何とか母を乗車させるというミッション成功。

 もちろん、母はそれで何もケガはしていない。

 昔から、「痛い痛い」と大袈裟に騒ぐ人だったし、職員さんがサポートしてくれていたので身体的に無理な乗込み方にはなっていないから。

 案の定、自宅に着いてから普通に歩いてたし。

 職員の方に深々と頭を下げ、お詫びとお礼をお伝えして帰路についた。

 帰りの車内でも、母はずっと怒っている。

 「もう!寒い!なんで車に乗らなきゃならないの…!」と。

 温厚で優しかった母は、滅多に怒ったり文句を言うことはない人だったのだが、こんなにも人格が変わるものか。

 「すぐお家に着くからね。」と言うと「お家なんか燃えちゃったもん!」と言う。

 「T夫さん(父)が仕事から帰ってくる時間だから帰らないと。」と言うと、「あんな人もうどっかに行っちゃったもん。」と言う。

 去年までは父が不在だとヤキモチを焼いたり、私たちのことは忘れても父のことだけはわかっているようだったのに、父の存在すらも薄くなってきたのか。

 車内でずっとブツクサ文句をたれていた母だが、自宅に着いたとたん、良い人モードにシフトした。

 玄関を開けて母を中に入れると、ニコニコと「どうぞ。上がって。」と。

 お仕事とはいえ、これを毎日やってくださっている介護職の方々には本当に頭が下がる。

 もちろん、母のお世話をメインでやってくれている姉にも。

 幼い子なら、最終手段として抱えあげて移動させれば済むけれど、ご老人は重い。

 そして、関節の可動域も狭い上に骨も脆くなっているので、ちょっとした事ですぐにケガに繋がるだろうし、骨折なんてしたらあっという間に寝たきりになるだろう。

 そしたらますます介護する労力もストレス値も上がり、家族の疲弊は増すばかり。

 子どもはどんどん成長してお世話が楽になっていくけれど、介護は先が見えない。

 やはり、極力子ども達に迷惑をかけないよう、天に召される直前まで自分の面倒は自分でみれるように日々備えておかなければ!とさらに強く思った出来事。

 それにしても、あんなに車に乗り込む時は「痛い!痛い!」と大騒ぎしていたのに、降りる時はヨタヨタしつつもすんなり降りることができていた。

 玄関前の外階段も植木につかまりながらだが自分で登る。

 やっぱりさっきは車に乗りたくないもんだから大袈裟に騒いでたんだな。

 ほんとにもー。

 まあ、どこか痛いんじゃないなら良かったけど。

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