さちこの部屋(225)
母Y子、その9〜その3〜
火曜日に姉が会いに行った時は、まだ意識があったようで、眉間にシワを寄せてゴニョゴニョ何か訴えたり、姉が帰ろうとすると姉の手をぎゅーっと握っていた母(姉が誰だかはわかっていない)だったが、水曜日には職員の方がすぐに対応できるよう、スタッフルームのすぐ隣の安静室に移された。
そして木曜の午後に私が看取りプランの書類作成のために訪れた際には、母は昏睡状態なのか、ずーっと眠ったままだった。
看取りプランの書類作成自体は、入所の際に「延命措置は行わず、自然に見送る」と家族で意思確認してあったので、再度職員さんの説明を聞き、「間違いありません。」とサインするだけで完了。
医師から病状の説明もあり、このまま亡くなると死因は何になるんですかと尋ねたところ、おそらく肺炎か尿路感染症で発熱、死因としては老衰になるとのことだった。
その後母に会いに安静室に入ると、母は口を大きく開け、呼吸音がはっきりと聞こえるような荒々しい呼吸をしていたが、ずーっと眠っていて帰るまで目を覚ますことはなかった。
大きな音を立てて呼吸をしているその様は、まるで最後の力を振り絞って必死に命を繋いでいるように見えた。
延命措置は行っていないわけだから、もう一切水分も摂れていないし、呼吸器も付けていない。
自力で呼吸することだけが今の母の命をかろうじて繋いでいるわけだ。
言い方は悪いが、まさに干からびて尽きていく、という状態。
でも本来、「自然に死ぬ」ということはこういう事なのだろう。
痰がからんでいる様子はなかったし、特に苦しそうではなかったが、もしかして目を覚ますとどこか苦しいのかもしれないと思い、呼びかけて起こすことはせず、そっと母の手をさすりながら小さな声で母にあれこれとこちらの想いを一方通行で延々話しかけた。
職員さんの話しによると、最後まで耳は聞こえているらしい。
二人っきりでゆっくり会えるのはこれが最後かもしれないなーと思いながら、これまで育ててくれた感謝の気持ちや、母が旅立つ時にはきっと母を可愛がってくれていた伯母たちがお迎えに来てくれるから大丈夫だよと母に伝え、その日は帰宅。
翌日の金曜日の午前中、娘が仕事の予定を何とかやり繰りして一緒に母に会いに行ってくれた。
週末までは何とかもってくれるんじゃないかと思っていたので、帰宅して自宅で娘と遅いお昼を食べて過ごしていると、施設から電話があった。
呼吸の状態が変わったので、おそらくもう長くない、ご家族皆さんで急いでこちらにお越しくださいと連絡が。
急いで娘と施設に戻ると、同じく連絡を受けた姉と父も到着。
兄も仕事の休憩時間に立ち寄れた。
そしてうちの長男もたまたま仕事が早く終わり自宅にいたので駆けつけてくれた。
姉の娘も高校から直行。
母が可愛がっていた従姉妹もちょうどその日面会するために千葉から向かってくれていたので、現在香川県で暮らしているうちの次男以外はほぼ、近親者が揃った。
その後、大体2時間くらいだっただろうか、みんなで代わる代わる母に話しかけたり、手や脚や頬をさすったりしながら最後の時を過ごした。
午前中はまだそこまでではなかったのに、母の足先は赤紫色に変色が進んでいて、明らかに母に「死」が近づいて来ているのがわかった。
兄は休憩時間が終わり仕事に戻ったが、その後しばらくして、みんなに見守られながら母は静かに息を引き取った。
息を引き取る直前、呼吸がさらに大きくなり、ずっと開けっぱなしだった口をパクパクと開け閉めし、まるで何か言いたげな母。
そしてここ数日眠りっぱなしだった母が一瞬、目を開けた。
生理的なものかもしれないし、死の間際に一瞬記憶が戻ったのかもしれない。
どちらか定かではないが、母の目に涙が滲んだ。
そして2回ほどさらに大きく呼吸をしたかと思うと、深く息を吸込み、そのまま静かに息を引き取った。
何だか現実感がわかず、その瞬間に私の脳裏をよぎったのは、「人が死ぬ時って息を吸ったところで命尽きるんだなー…」ということ。
自分のイメージではふーっと息を吐き切って亡くなるものかと思っていた。
後で看護師の会員Tちゃんにその話しをしたら、「そう、必ず最後は息を吸って亡くなるんですよ。だから亡くなることを「息を引き取る」と言うんです。逆に人間が産まれてくる時は息を吐く、から始まります。お母さんのお腹の中で羊水に浸かっているので、産まれた直後に肺の中身を吐いて空気を取り込めるようにしてから呼吸が始まります。
そうみると、呼吸も始まりと終わりでちゃんと辻褄が合ってて面白いですよね。」と教えてくれた。
うーん。
深い。
Tちゃん、教えてくれて有難う。
ちゃんと辻褄が合ってるなんて、生命って不思議。
こういう話しを聞くと、やはり神様の存在を確かに感じる。
神様がいらっしゃるということは、母はきっとちゃんと神様のみもとで安らかな眠りにつけることだろう。
あまり気が合わなかったけれど、あんなに優しくて愛情深い人だったのだから。
来週に続く。
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